大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(行ウ)206号 判決

東京都荒川区西尾久七丁目五〇番一三号一〇八

原告

小林孝之

右訴訟代理人弁護士

中本源太郎

山本裕夫

青木護

東京都荒川区西日暮里六丁目七番二号

被告

荒川税務署長 柴田勝夫

右指定代理人

松村玲子

信太勲

清水智之

栗原牧彦

小宮山真佐路

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が昭和六三年一〇月七日付けでした次の各処分を取り消す。

一  原告の昭和六一年分の所得税に対する更正のうち総所得金額四八六万四九九一円及び納付すべき税額六六万八七〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定

二  原告の昭和六二年分の所得税に対する更正のうち総所得金額三七三万七六九〇円及び納付すべき税額四二万九一〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定

第二事案の概要

本件は、印刷業を営む白色申告者である原告が、昭和六一年分及び昭和六二年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税について確定申告をしたところ、被告が原告の取引先等に対する反面調査により把握した収入金額を基に同業者比率により売上原価、一般経費等を推計して事業所得金額を算出し、更正及び過少申告加算税賦課決定をしたので、原告が、被告の課税処分には推計の必要性も合理性もなく、被告が推計により算出した事業所得金額は原告の実際の所得金額を上回っているとして事業所得金額の実額を主張するなどし、右各更正のうち原告の主張額を超える部分及び右各賦課決定の取消しを求めている事案である。

一  本件各課税処分の経緯(この事実については、当事者間に争いがない。)

原告の本件係争年分の各所得税の確定申告、課税処分及び不服申立ての経緯は、別紙一の表1及び2記載のとおりである(以下、各年分の更正及び過少申告加算税賦課決定を総称して「本件各更正」及び「本件各賦課決定」という。)。

二  本件各更正及び各賦課決定の課税根拠についての被告の主張

1  本件係争年分の事業所得金額及びその算出根拠

被告は、原告が印刷業を営む者であるとし、本件係争年分の事業所得金額について、次のとおり、推計の方法によりその額を算出した。

(一) 昭和六一年分 一〇六四万六八六円

(1) 総収入金額 二六六二万七九一五円

右金額は、被告が原告の取引先等に対する反面調査により把握した金額であり、その内訳は、別紙二の被告主張額欄記載のとおりである。

(2) 売上原価等 一三七〇万五三八八円

右金額は、(1)の金額に、原告の納税地を所轄する荒川税務署(以下「署」という。)管内に所得税の納税地を有し、かつ、原告と事業規模の類似する同業者(以下「比準同業者」という。)の総収入金額に占める売上原価、一般経費(ただし、建物の減価償却費、利子割引料、貸倒金、固定資産除却損、繰延資産の償却費、青色申告者に認められている割増償却費及び特別償却費並びに地代家賃を除く。)、外注費及び人件費(青色専従者給与を除く。)の合計額(以下「売上原価等」という。)の割合の平均値(以下「平均経費率」という。)五一・四七パーセントを乗じて算出したものである。右平均経費率の算出方法は、別紙三の表1記載のとおりである。

(3) 減価償却費 二七万九五〇四円

右金額は、原告が昭和五七年に取得した荒川区西尾久七丁目五〇番一三号に所在するシャンポール西尾久一〇八号室(以下「本件建物」という。)に係る減価償却費である。右金額の算出方法は、別紙四記載のとおりである。

(4) 利子割引料 一五五万二三三七円

右金額は、別紙五の合計欄記載のとおりであり、当事者間に争いがない。

(5) 事業専従者控除額 四五万円

右金額は、原告の妻小林節子(以下「節子」という。)に係る事業専従者控除額であり、当事者間に争いがない。

(6) 事業所得金額 一〇六四万六八六円

右金額は、右の(1)の金額から、(2)から(5)までの金額の合計額を差し引いて算出したものである。

(二) 昭和六二年分 一〇三一万五一三七円

(1) 総収入金額 二五二六万八九三〇円

右金額は、被告が原告の取引先等に対する反面調査により把握した金額であり、その内訳は、別紙二の被告主張額欄記載のとおりである。

(2) 売上原価等 一二八三万一五六三円

右金額は、(1)の金額に、比準同業者の平均経費率五〇・七八パーセントを乗じて算出したものである。右平均経費率の算出方法は、別紙三の表2記載のとおりである。

(3) 減価償却費 二七万九五〇四円

右金額は、本件建物に係る減価償却費である。右金額の算出方法は、別紙四記載のとおりである。

(4) 利子割引料 一二四万二七二六円

右金額は、別紙五の合計欄記載のとおりである。

(5) 事業専従者控除額 六〇万円

右金額は、節子に係る事業専従者控除額であり、当事者間に争いがない。

(6) 事業所得金額 一〇三一万五一三七円

右金額は、右の(1)の金額から、(2)から(5)までの金額の合計額を差し引いて算出したものである。

2  本件各更正の適法性

本件各更正における原告の事業所得金額は、いずれも1のとおり算出された事業所得金額の範囲内にあるから、本件各更正は適法である。

3  本件各賦課決定の適法性

被告は、本件各更正によって原告が納付すべき所得税額(国税通則法一一八条三項により一万円未満の金額を切り捨てた金額、以下同じ。)を基礎として、同法六五条一項(ただし、昭和六一年分については、昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)及び二項に基づき、昭和六一年分については、原告が新たに納付すべき税額に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額と、右税額のうち五〇万円を超える金額に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額の合計額を、昭和六二年分については、原告が新たに納付すべき税額に一〇〇分の一〇を乗じて算出した金額と、右税額のうち五〇万円を超える金額に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した金額の合計額をそれぞれ過少申告加算税として本件各賦課決定をしたものであり、本件各賦課決定は適法である。

三  争点

本件においては、本件各更正及び各賦課決定の適法性が争われているが、争点及びこれに関する当事者双方の主張の要旨は、次のとおりである。

1  推計の必要性

(一) 被告の主張

被告は、原告から提出された本件係争年分の確定申告書には、収入金額及び必要経費の額の記載がなく、収支内訳書が添付されていなかったため、右申告書に記載された事業所得金額が適正なものであるか否かを調査する必要があると判断し、被告所部職員に原告の本件係争年分の所得税の調査(以下「本件調査」という。)を命じた。

右所部職員は、原告の事業所に数回臨場したり、電話を掛けるなどして、原告に対し、再三、調査に協力するよう要請したが、原告は、第三者の立会いを認めなければ調査に応じられないと主張して、調査に非協力的な態度をとり続け、帳簿書類等の資料を何ら提示しなかった。

そのため、被告は、原告の本件係争年分の事業所得金額を実額により算出することができず、やむを得ず、原告の取引先及び金融機関に対する反面調査により把握した収入金額を基礎として、右事業所得金額を推計の方法により算出したものである。

(二) 原告の主張

原告は、被告所部職員の質問に誠実に回答し、帳簿書類等の資料をいつでも提示できるよう準備するなど、本件調査に協力する意思を有していたのであり、被告は、原告の事業所得金額を実額で把握することが可能であった。

それにもかかわらず、被告所部職員は、原告が第三者の立会いを求めたことを理由に、帳簿書類の提示すら求めず、直ちに調査を打ち切ったのであるから、本件において、推計の必要性はなかったというべきである。

2  本件調査の適法性

(一) 被告の主張

原告は、本件係争年分の確定申告書に、収入金額及び必要経費の額を記載せず、収支内訳書を添付しなかったのであるから、被告は、原告の本件係争年分の申告所得金額が適正であるか否かを調査する必要があった。

また、本件調査は、社会通念上相当な範囲でなされたものであるから、何ら違法はない。

(二) 原告の主張

本件調査は、具体的な必要性がないのにされたものであるから、違法である。

また、被告所部職員は、原告に対し、事前通知や具体的な調査理由の開示をせず、原告に対する十分な調査をしないまま、原告の営業全般について包括的、網羅的な反面調査をしたのであるから、本件調査は、社会通念上相当な範囲を逸脱したものであり、違法である。

3  推計の合理性

(一) 被告の主張

(1) 被告は、原告の取引先等に対する反面調査により把握した収入金額を総収入金額とし、これに比準同業者の平均経費率を乗じて原告の売上原価等を算出し、右総収入金額から右売上原価等の額、建物減価償却費の額、利子割引料の額及び事業専従者控除額をそれぞれ差し引いて、原告の本件係争年分の事業所得金額を算出したものである。

(2) 右推計に用いた比準同業者は、原告の納税地を所轄する署管内に所得税の納税地を有する個人事業者のうち、本件係争年分の各年分ごとに、次の基準(以下「本件抽出基準」という。)のすべてに該当する者全員(以下「本件比準同業者」という。)を抽出した。

ア 署管内でオフセット印刷機を用いて印刷業を営む者

イ 所得税の申告を青色申告によっている者のうち、青色事業専従者が一名の者

ウ 年を通じてアの事業を継続している者

エ 総収入金額(売上金額)が次の範囲内である者

昭和六一年分については、一三〇〇万円以上五三〇〇万円以下

昭和六二年分については、一三〇〇万円以上五一〇〇万円以下

オ 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者

カ 被告から更正又は決定処分を受けた者のうち、次のいずれにも該当しない者

当該処分について国税通則法による不服申立期間又は行政事件訴訟法による出訴期間の経過していない者

当該処分に対して不服申立てがなされ、又は訴えが提起されて、現在審理中である者

(3) 以上のとおり、本件比準同業者は、業種、事業地域、事業規模等において原告と類似性を有するものであるから、本件抽出基準には合理性があり、その抽出作業は、東京国税局長が発遣した通達に基づき、被告所部職員が機械的な作業により課税事績報告書を作成するといういわゆる通達回答方式によるものであるから、恣意の介在する余地はない。また、本件比準同業者は、いずれも年間を通じて事業を継続する青色申告者であって、その申告が確定しており、資料の正確性も担保されている。さらに、本件比準同業者の数は、同業者の個別性を平均化するに足りるものである。

したがって、被告の右推計方法には合理性がある。

(二) 原告の主張

(1) 被告が推計の基礎とした収入金額には、何ら証拠に基づかないもの、期首及び期末の計算に誤りがあるもの、反面調査の回答書と異なっているものなどがあり、信用することができない。

(2) 被告の推計方法には、次のとおり、合理性が認められない。

ア 被告は、比準同業者の抽出方法が恣意的ではないことを立証していない。

イ 原告が白色申告者であるのに青色申告者を抽出したこと、比準同業者とする者の売上額の範囲が大きすぎることなどに照らし、本件抽出基準には合理性が認められない。

ウ 原告は、版下作成、写植、製版、製本、多量のものや三色刷り以上のものなどの印刷等を外注に出しているため、原告の事業には、外注費が多く経費率が高いという特殊事情があるのに、本件比準同業者の外注比率や事業形態は不明であるから、原告の事業の実態と比較することができない。

エ 被告は、本件比準同業者の住所氏名等を明らかにしないため、これらの者が実在するか、その所得が被告主張のとおりであるかなどを確認することができないから、推計の基礎資料の正確性が担保されていない。

オ 本件比準同業者の経費率は、偏差が著しいから、平均値算出の基礎とすることができない。

4  原告の本件係争年分の実額による事業所得金額

(一) 原告の主張

原告の本件係争年分の収入金額、売上原価等、減価償却費、利子割引料等の実額は、別紙六記載のとおりであり、収入金額の内訳は、別紙二の原告主張額欄記載のとおりである。

これによれば、原告の本件係争年分の事業所得金額は、昭和六一年分が四八六万四九九一円、昭和六二年分が三七三万七六九〇円となる。

(二) 被告の主張

(1) 原告が、被告の推計により算出された所得金額を争い、実額による所得金額を主張する場合には、原告において、その主張する実額が真実の所得金額に合致することに合理的な疑いを容れない程度に立証すべきであり、そのためには、その主張する収入金額が原告の当該係争年分のすべての取引先からのすべての取引についての収入金額であること、その主張する必要経費が存在すること、右必要経費が右収入金額と対応するものであることをそれぞれ立証しなければならない。

(2) ところが、原告が収入金額の立証のために提出した売掛帳は、これに基づいて算出された原告の収入金額の主張額が、審査請求時及び本訴の過程で何度も変更されていること、取引先及び取引内容に記載漏れがあること、書き換えられた部分や不自然な記載があること、これを裏付ける原始記録がないことなどに照らし、原告の真実の総収入金額を記載しているとは到底認められないものであり、実額反証のための証拠とはなし得ない。

また、原告が必要経費の立証のために提出した領収書は、いわゆる「上様」あてのもの、あて名がないもの及び原告と異なるあて名が記載されているものが多数含まれていること、領収書の金額と請求書の金額が異なっているもの、計上する年分を誤っているもの及び二重に計上されたものがあることなどに照らし、原告の売上原価等を実額で把握することは困難である。

したがって、原告の右実額による主張は失当なものというべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(推計の必要性)について

1  証拠(原告本人尋問の結果、証人酒井宗久(以下「証人酒井」という。)及び同武政良久(以下「証人武政」という。)の各証言並びに乙二ないし四号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件調査の経緯について、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、被告に対し、昭和六〇年分から昭和六二年分までの所得税に係る確定申告書を提出した。

被告は、右確定申告書の内容を検討したところ、右確定申告書には、所得金額が記載されているだけで、収入金額及び必要経費の額が記載されておらず、収支内訳書も添付されていないことから、右申告所得金額が適正であるか否かを調査する必要があると判断し、その所部係官酒井宗久国税調査官(以下「酒井係官」という。)に対し、原告の所得税の調査を命じた。

(二) 酒井係官は、昭和六三年五月一三日、右調査のために原告の事業所に臨場し、原告に対し、昭和六〇年分から昭和六二年分までの所得税の調査を行う旨を告げ、調査に協力するように要請したところ、原告は、ノブを握ってドアを少し開け、隙間から顔だけを出しながら、「今日は忙しいので、別の日にして欲しい。」と言った。

酒井係官が、原告に対し、事業概況だけでも聞かせて欲しい旨伝えたところ、原告は、同係官の質問に応じ、軽オフセット印刷と写植をしていること、オフセット印刷と写植の機械がそれぞれ一台あること、売上先は二〇件ほどあること、決済は小切手で行い、取引銀行は日興信用金庫梶原支店であること、申告の基になった書類は保存していることなどを答えた。酒井係官は、原告に対し、同月一九日に再度訪れる旨を告げ、帳簿書類を揃えて調査に協力するよう要請して辞去した。

(三) 酒井係官が同月一九日に原告の事業所に臨場すると、原告は、北区民主商工会の事務局員武政良久(以下「武政」という。)を同席させた。

酒井係官は、原告に対し、守秘義務の関係から、調査に関係のない第三者を退席させるよう約一五分にわたり要請したが、原告はこれに応じず、立会人がいれば調査に応ずるが、立会人の同席を認めなければ調査に応じない旨を明らかにした。武政は、「国会決議では立会いは認められている。王子税務署でも立会いを認めている。」などと言って、退席する様子をみせなかった。

酒井係官は、これ以上の調査の進展は難しいと判断して同日の調査を打ち切り、原告に対し、署独自の調査によって原告の所得金額を算定せざるを得ない旨を告げ、その場を辞去した。

(四) 酒井係官は、原告の取引先のうち一か所に対して取引金額の照会を依頼した後である同月二五日、原告に電話をし、再度、立会人のいないところで調査に応じるよう求めたが、原告は、立会人がいなければ調査には応じない旨を明らかにした。

そこで、酒井係官は、原告の取引先及び金融機関に対する反面調査を実施した。

(五) 酒井係官は、昭和六三年九月一日、原告の事業所に臨場し、原告に対し、再度、調査に協力するよう求め、協力する意思があれば、申告の基となった帳簿書類を持って署に来るよう要請したが、原告はこれを断った。

酒井係官は、署独自の調査により算定した所得金額に基づいて更正する旨説明すると、原告は、「結構です。」と答えた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、原告は、本件調査に際し、帳簿書類等を用意していた旨主張するが、証人酒井及び同武政の各証言によれば、酒井係官が通された部屋には帳簿書類等は用意されていなかったことが認められ、また、証人武政は、原告が事業所に帳簿書類等を整理して保管していたと証言するものの、武政は、本件調査の日に、帳簿書類等の整理、保管状況を確認したわけではなく、右証言を直ちに信用することはできないから、原告の右主張を認めることはできないというべきである。

2  右認定事実によれば、被告所部職員は、合計三回にわたって原告の事業所に臨場し、その都度、原告に対し、調査に協力するよう要請したにもかかわらず、原告は、立会人の同席を認めなければ調査に応じない旨を明らかにし、終始、調査に非協力的な態度をとり続け、帳簿書類や領収証等を一切提示しなかったことが認められる。

そうすると、被告が、原告の所得金額を把握することが困難であると判断して、独自の調査を行い、その結果に基づき推計の方法により原告の事業所得金額を算出したことは、やむを得なかったものであり、本件において、推計の必要性は認められるというべきである。

二  争点2(本件調査の適法性)について

1  原告は、納税者は、確定申告書への収入金額及び必要経費の額の記載や収支内訳書の添付を義務付けられているわけではないから、本件調査は、具体的な必要性がないのにされたものであり、違法であると主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、原告の本件係争年分の確定申告書には、収入金額及び必要経費の額の記載がなく、収支内訳書も添付されていなかったものである以上、被告は、右申告書だけでは原告の本件係争年分の事業所得金額を確認することができなかったことは明らかである。

したがって、被告は本件調査をする必要があったというべきであるから、原告の右主張は失当である。

2  また、原告は、被告は、事前通知や具体的な調査理由の開示をせず、原告に対する十分な調査をしないまま、包括的、網羅的な反面調査をしたのであるから、本件調査は、社会通念上相当な範囲を逸脱したものであり、違法であると主張する。

しかしながら、所得税法二三四条による税務調査において、質問検査の範囲、程度、時期、場所、調査理由の開示の可否、程度、事前通知の有無等の実施の細目については、法律上特段の定めがなく、これらは、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との較量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限を有する税務職員の合理的な裁量にゆだねられているものというべきである。

これを本件についてみると、証人酒井の証言によれば、酒井係官が原告に対して事前連絡をしなかったのは、原告のありのままの事業の実態を把握するためには、事前連絡をしない方が有効であると判断したことによることが認められる。また、酒井係官が、原告に対し、本件調査の理由が昭和六〇年分から昭和六二年分までの原告の所得金額の確認である旨告げたこと、守秘義務の関係から調査に関係のない第三者の立会いを認めなかったこと及び原告が立会人を同席させなければ調査に応じない旨を明らかにしたため、原告に対する質問調査により、その所得金額を確認することが困難であると判断して反面調査を開始したことは前記認定のとおりである。

そうすると、本件調査が社会通念上相当な範囲を逸脱したものであるということは認められないから、原告の右主張は理由がない。

三  争点3(推計の合理性)について

1  被告は、原告の業種を印刷業とした上で、被告が原告の取引先等に対する反面調査により把握した収入金額に本件比準同業者の平均経費率を乗じて売上原価等の金額を算出し、これに基づいて原告の事業所得金額を算出している。

2  そこで、まず、右推計方法の合理性について検討する。

(一) 乙一号証の一ないし四によれば、被告が本件比準同業者を抽出した方法について、次の事実を認めることができる。

(1) 東京国税局長は、被告に対し、平成四年一月二九日付けで、「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について」と題する通達を発し、署管内に所得税の納税地を有する個人事業者のうち、本件係争年分について、前記第二、三3(一)(2)の本件抽出基準のすべてに該当する者全員の課税事績の報告を求めた。これを受けて、被告は、本件比準同業者を抽出し、所得税青色申告決算書又は営庶業所得調査書に基いて右同業者の課税事績報告書を作成し、これを同局長に提出した。

(2) 本件比準同業者の本件係争年分の売上金額、売上原価等及び経費率は、別紙三の表1及び2記載のとおりである。

これによれば、昭和六一年分については、抽出された比準同業者は八名で、その経費率は、最大七五・六三パーセント、最小三二・四二パーセント、平均五一・四七パーセントであり、昭和六二年分については、抽出された比準同業者が一〇名で、その経費率は、最大七〇・八四パーセント、最小二七・六一パーセント、平均五〇・七八パーセントであった。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 右認定事実によれば、本件抽出基準は、業種の同一性、事業所の近接性及び事業規模の近似性の点において、同業者の類似性を判別する要件として合理的なものといえる。また、被告は、本件抽出基準のすべてに該当する者全員をいわゆる通達回答方式により機械的に抽出したものであって、その抽出過程に恣意の介在する余地も認められない。さらに、本件比準同業者は、いずれも帳簿等の書類の裏付けを有する青色申告者であって、本件係争年分において経営状態が異常であると認められる者や更正等に対して不服申立て等をしている者が除外されていることに照らすと、その売上金額等の算出根拠となる資料の正確性も担保されているということができる。そして、本件比準同業者の数は、昭和六一年につき八名、昭和六二年につき一〇名であり、いずれも同業者の個別性を平均化するに足りる抽出件数であるということができる。

したがって、被告の右推計方法には、合理性があるというべきである。

(三) これに対し、原告は、被告は比準同業者の抽出方法が恣意的ではないことを立証していないと主張するが、本件比準同業者の抽出は、前記認定のとおり、東京国税局長が発した通達に基づき、被告が本件抽出基準のすべてに該当する者全員を抽出し、その課税事績報告書を作成するという方法によるものであるところ、右抽出方法が恣意的であることをうかがわせる事情は見当たらない。

また、原告は、原告が白色申告者であるのに、青色申告者を抽出したことから、本件抽出基準には合理性が認められないと主張するが、比準同業者を青色申告者とすることにより資料の正確性が担保されることは前記のとおりであるから、右基準には合理性が認められるというべきである。

さらに、原告は、被告が本件比準同業者の住所氏名等を明らかにしないため、推計の基礎資料の正確性が担保されていない旨主張するが、本件比準同業者の住所氏名等が開示されなかったこと自体によって、基礎資料の正確性に疑いがあるということはできず、原告は、他の方法によって右資料の正確性を争うべきであるところ、その主張を裏付けるに足りる証拠を何ら提出していない。

(四) 原告は、比準同業者とする者の売上額の範囲が大きすぎる、本件比準同業者の経費率の偏差が著しい、原告の事業には外注費が多く経費率が高いという特殊事情があるのに、本件抽出基準がそれを反映しているか否かが不明であるなどと主張する。

しかしながら、同業者の類似性を過度に要求すれば、比準同業者の抽出を困難にし、推計の方法による課税自体を不可能にすることになりかねないものであるから、推計による課税が認められている以上、業種、業態、事業所の所在地、事業規模等の基本的な要因において比準同業者の抽出が合理的であれば、同業者間に通常存在する程度の個別的な営業条件の差異は、それが推計自体を不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、その経費率の平均値を求める過程で捨象されるものというべきである。

このような見地からすると、比準同業者の売上金額を原告の売上金額の概ね二分の一以上二倍以内にするという基準は、原告と比準同業者との事業規模の類似性を確保するための基準として不合理なものであるとはいえない。

また、本件比準同業者の経費率をみても、一定の範囲内におさまっているというべきであり、推計自体を不合理ならしめるほど著しい格差があるということはできない。

さらに、原告は、原告の事業では外注費の占める割合が高い旨を一般的に主張するだけであり、本件推計自体を不合理ならしめるような特殊事情について、何ら、具体的に主張、立証していない。

(五) 以上によれば、原告の主張はいずれも理由がないものであり、被告の右推計方法は合理的であるというべきである。

3  前記のとおり、本件比準同業者の平均経費率を用いて原告の売上原価等を推計する方法には合理性があるというべきである。

そこで、被告の主張する推計方法により、原告の本件係争年分の事業所得金額を算出すると、次のとおりとなる。

(一) 推計の基礎となる原告の本件係争年分の収入金額

被告が推計の基礎とした原告の収入金額及び原告の主張する実額による収入金額を各取引先ごとに示すと、それぞれ別紙二の被告主張額欄、原告主張額欄記載のとおりである。

このうち、被告主張額と原告主張額とが同じもの及び原告主張額の方が被告主張額より多いものについては、少なくとも被告が推計の基礎とした収入金額自体が認められることについては、当事者間に争いがないことになる。

そこで、以下、当事者間に争いがある収入金額について検討する。

(1) 昭和六一年分(別紙二の取引先名欄番号1、2、5、11、13、16、18、50、54)

ア 別紙二の取引先名欄番号2、5、11、13、16、18、50、54記載の各取引先に係る収入金額については、それぞれ乙六、九、一四、一五、一六、三六、二〇、二二号証により、被告主張額欄記載のとおりであることが認められる。

イ 同欄番号1記載の内宮運輸機工株式会社(以下「内宮運輸」という。)に係る収入金額について

内宮運輸からの反面調査の回答書(乙五号証)の売上金額、仕入金額欄には、原告の同社に係る昭和六一年分の収入について、一月分が四八万五〇〇〇円、同年分の合計金額が七二六万四九六八円である旨の記載がある。

これに対し、原告は、右一月分の記載は、昭和六〇年一二月分に計上されるべき収入金額二七万円を誤って昭和六一年一月分に計上したものであり、原告の同社に係る同月分の収入金額は二一万五〇〇〇円であると主張し、その証拠として、売掛帳(甲四号証の一)を提出している。

確かに、売掛帳には、原告の同社に係る収入として、昭和六〇年一二月二八日にニユー会社だより二七万円という記載がされており、昭和六一年一月分として記載されている収入金額を合計すると、二一万五〇〇〇円となることが認められる。

しかしながら、後記四1(三)のとおり、売掛帳は、原告のすべての取引が正確に記載されているものであるかが疑わしい上、その記載は、請求書を作成するときにまとめてなされているものであり、原告が、いつ、右の昭和六〇年一二月二八日分の記載をしたのかは明らかではなく、その時期を証する納品書、請求書等の資料は何ら提出されていない。しかも、売掛帳の昭和六一年一月分の下にも、二七万円という記載があり、それと右一月分との合計額として、四八万五〇〇〇円とも記載されており、これらが何を示すものであるのかは明らかではない。他方、乙五号証の回答書には、締切日を毎月三〇日、支払日を翌月一五日とする旨の記載がされていることからすると、内宮運輸は、期首及び期末を十分意識した上で右回答書を記載したものであることがうかがわれる。

そうすると、売掛帳をもって、乙五号証の記載の信用性を覆すに足りる証拠と認めることはできず、他に、原告の右主張を裏付けるに足りる証拠はない。

したがって、原告の同社に係る収入金額は、被告主張額欄記載のとおりであるというべきである。(なお、売掛帳の右一月分の記載の趣旨は、原告が、昭和六〇年一二月中に右のニユー会社だよりを納品し、請求書を作成したが、実際に請求書を送付するのが昭和六一年一月になったため、内宮運輸において、右の二七万円を同月分に計上したというものであるとも考えられなくはない。しかし、仮に右事実が認められることを前提として、原告の事業所得金額を推計により算出したとしても、昭和六一年分の更正における原告の事業所得金額が、推計により算出された事業所得金額の範囲内となることは明らかであるから、いずれにせよ、本件更正が違法であるとはいえないこととなる。)

(2) 昭和六二年分(別紙二の取引先名欄番号1、4、9、10、17、23、31、43、50、54、59ないし62)

別紙二の取引先名欄番号1、4、10、17、23、31、50記載の各取引先に係る収入金額については、それぞれ乙五、八、一三、三五、一八、一九、二〇号証により、被告主張額欄記載のとおりであることが認められる。

また、同欄の番号54、59ないし62記載の各取引先に係る収入金額については、乙四二号証により、被告主張額欄記載のとおりであることが認められる。

他方、同欄の番号9記載の丸富印刷工業株式会社及び同43記載の坂牧製袋に係る収入金額については、原告主張額の範囲の収入があることについては当事者間に争いがないこととなるものの、それ以上に、被告主張額欄記載の収入があることを認めるに足りる証拠はない。

(3) 以上によれば、推計の基礎となる原告の本件係争年分の収入金額は、次のとおりとなる。

昭和六一年分 二六六二万七九一五円

昭和六二年分 二五〇九万九八五〇円

(二) 本件係争年分の原告の売上原価等

前記(一)によれば、昭和六二年分の原告の売上原価等を推計するに当たって、被告が本訴において推計の基礎とした収入金額とは異なる収入金額を基礎とすべきことになるが、本件抽出基準のうち、総収入金額についての基準は、概ね原告の収入金額の二分の一以上二倍以下の金額を基準とするものであるところ、被告が推計の基礎とした収入金額と前記認定による収入金額との差は僅少であり、依然として本件抽出基準の金額は概ねその二分の一以上二倍以下といい得ること及び本件比準同業者の売上金額は、いずれも前記認定による収入金額の二分の一以上二倍以下の範囲内にあることに照らすと、本件比準同業者の平均経費率を用いることをもって、不合理ということはできないというべきである。

そこで、前記(一)(3)の金額に、本件比準同業者の平均経費率(前記2(一)(2)のとおり、昭和六一年分が五一・四七パーセント、昭和六二年分が五〇・七八パーセント)を乗じて算出すると、原告の売上原価等の金額は、次のとおりとなる。

昭和六一年分 一三七〇万五三八八円

昭和六二年分 一二七四万五七〇四円

四  争点4(原告の本件係争年分の実額による事業所得金額)について

1  原告は、被告の主張する推計課税に対し、本件係争年分の収入金額及び必要経費の実額は、別紙六記載のとおりであると主張する。

(一) そこで、原告の右主張について検討すると、被告の推計課税に対し、原告が実額による課税をすべき旨を主張する場合には、原告は、その収入金額及び必要経費の実額のいずれをも立証する必要があるというべきところ、仮に、原告主張の収入金額の全部又は一部を立証することができ、あるいは当事者間に争いがない部分があったとしても、その必要経費を実額で主張するときは、それが右収入金額に対応するものであることを立証しなければならないというべきである。すなわち、所得税法三七条一項は、所得の計算上必要経費の額に算入すべき金額は、所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るために直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする旨規定している。右規定に照らせば、原告は、必要経費の実額を主張して被告の推計額を争う場合においては、原告の主張に係る必要経費が当該係争年分の総収入金額と対応するものであることについて、合理的な疑いを容れない程度に立証する必要があるものというべきであり、原告は、自ら主張する収入金額が原告の当該係争年分のすべての取引から生じたすべての収入(以下「総収入」という。)によるものであることを主張、立証して、その期間内に支出した必要経費との対応関係を立証するか、あるいは自ら主張する必要経費と収入とが、個別的に対応するものであることを主張、立証しなければならないものというべきである。

もっとも、例えば、原告が被告の主張する収入金額を認めているような場合において、被告が主張する売上金額に捕捉漏れがあることが必ずしもうかがわれず、かつ、原告が主張する収入及び必要経費の金額を基に算出した経費率等が、比準同業者の右比率の平均値に近似するような場合には、経験則上、原告が自ら主張する収入金額が原告の総収入によるものであることが推認できるといえるから、具体的な立証の要否という点からいえば、原告は、前記のような収入金額と必要経費との対応関係を立証することまでは要しないというべきである。

(二) 以上のような観点から本件をみると、本件係争年分の収入金額につき、原告は、被告が推計の基礎とした収入金額より多い額を主張しているから、被告の主張額に捕捉漏れがあることを自認していることになる。

また、原告が主張する収入金額、売上原価等の実額に基づいて経費率を算出すると、昭和六一年分は七二・〇二パーセント、昭和六二年分は七二・一九パーセントとなり(なお、後記3のとおり、機械に係る減価償却費は売上原価等に含まれると解されるので、原告主張の売上原価等の実額に原告主張の機械減価償却費一〇〇万九七六四円を含めると、売上原価等の実額は、昭和六一年分が二二〇〇万五二四九円、昭和六二年分が一九八九万八七八〇円となり、経費率は、昭和六一年分が七五・四八パーセント、昭和六二年分が七六・〇五パーセントとなる。)、右数値は、本件比準同業者の平均経費率をいずれも大きく超え、昭和六二年分については、最大経費率をも超えるものであることが認められる。

これらの点にかんがみると、原告は、その主張する収入金額及び必要経費の額並びに収入金額と売上原価等との対応関係について、具体的に主張、立証する必要があるというべきである。

(三) ところで、原告は、その主張する収入金額が原告の総収入である旨主張し、その証拠として売掛帳(甲四号証の一ないし六二)を提出している。

しかしながら、売掛帳をもって、原告のすべての取引を正確に記載しているものとみることはできないというべきである。その理由は、次のとおりである。

(1) 原告は、売掛帳を基にして収入金額を算出したと主張していながら、甲三号証及び弁論の全趣旨によれば、審査請求及び本訴の過程において、被告から計上漏れを指摘されるなどして、収入金額の主張を別紙七記載のとおり転々と変更している。

例えば、被告が推計の基礎とした原告の収入金額には、以下の捕捉漏れがあることが認められるところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、当初の主張額以外に収入はないと主張していながら、本訴進行中に、被告の取引先等に対する反面調査により右各収入が判明するや、これを自認するに至った(ただし、三和包装資材株式会社に係る昭和六一年分の収入については、五二万四九六〇円、有限会社西洋館センターに係る収入については、名義貸しによるマージンとして九万八五二〇円を自認した)ことが認められる。

ア 昭和六一年分

三和包装資材株式会社に係る六五万五四〇〇円(乙二一号証)

有限会社西洋館センターに係る三二万八四〇〇円(乙二四号証)

(なお、原告は、右収入は、野本光男という人物に頼まれて名義を貸したものであり、原告自身の売上ではなく、原告は約三割のマージンを受け取ったにすぎないと主張するが、これを裏付けるに足りる証拠はない。)

日峰印刷株式会社に係る五〇〇〇円(乙二五号証)

永瀬正男に係る七万円(乙二六号証)

杉山特殊印刷所に係る三万六五〇〇円(乙二七号証)

イ 昭和六二年分

三和包装資材株式会社に係る六二〇〇円(乙二一号証)

日峰印刷株式会社に係る九八〇〇円(乙二五号証)

杉山特殊印刷所に係る七二〇〇円(乙二七号証)

さらに、弁論の全趣旨によれば、原告は、本訴と同時に提起した昭和六〇年分の所得税の更正及び賦課決定の取消しを求める訴えを、同年分の課税所得金額が右更正額を超える結果になったとして、最終弁論期日において取り下げるに至ったことが認められる。

これらは、とりもなおさず、原告が収入金額の算出の基とした売掛帳の記載が正確性を欠くものであることを示しているというべきである。

(2) 現に、売掛帳には、取引先及び収入について、多数の記載漏れ等が存在していることが認められる。

例えば、前記(1)のとおり、被告が推計の基礎とした原告の収入金額には捕捉漏れがあることが認められるところ、これらはいずれも売掛帳に記載されていないもの又は売掛帳に記載された収入の合計額とくい違っているものであり、そのうち、三和包装資材株式会社以外のものについては、売掛帳に取引先名すら記載されていない。

その他にも、当事者間に争いのない昭和六一年分の東京都(足立工業高校)に係る一一万五〇〇〇円の収入、昭和六二年分の東輝自工株式会社に係る一一万三〇〇〇円の収入などの記載もされていない。

(3) 原告本人尋問の結果によれば、売掛帳は、日々の現金の入金、出金を管理するために記載されたものではなく、納品書の控えを見ながら一か月分の請求書を作成するときにまとめて記載していたものであることが認められるところ、前記のとおり、納品書や請求書を作成しないで現金決済をしていた杉山特殊印刷所に係る取引(乙二七号証)の記載が漏れていたものである。このことからすると、右のような現金決済による取引に係る収入について、売掛帳に正確に記載されているかが疑わしいといわざるを得ない。

(4) 売掛帳はルーズリーフを用いたものであり、その形態からしても、差し替えや抜き差しが可能なものであり、原告本人尋問の結果、甲四号証の一七及び一八号証によれば、原告は売掛帳の株式会社寿屋観光に係る取引の記載を書き替えていたことが認められる。

また、売掛帳には、すべてが提出されているかが疑わしい部分がある。すなわち、乙四四及び四五号証によれば、原告は、株式会社伽羅から、昭和六〇年四月二五日から小切手による入金を受けていたことが認められるところ、甲四号証の四四には、昭和六二年八月二二日以後の取引しか記載されていない。これと同様に、有限会社平井紙器、早川商事有限会社、株式会社ジャンクルーエに係る売掛帳の記載(甲四号証の三一、同三六、同四七)は、いずれも、反面調査の回答書(乙一九、三八、四〇号証)と照らし合わせると、右記載より以前になされた取引の記載がなされていないことが認められる。

(5) 原告本人尋問の結果及び証人武政の証言によれば、原告は、総勘定元帳、現金出納帳等の会計帳簿を作成していないこと、売掛帳の記載の基となった請求書、伝票等の原始資料は、一部廃棄していることが認められる。

そして、原告は、本訴において、これらの資料等を何ら提出していないため、売掛帳の記載内容を裏付けるに足りる証拠がない。

(四) 以上によれば、売掛帳をもって、原告が主張する収入金額が原告の総収入であると認めるべき証拠に供することはできないというべきであり、そのほかに、右主張額が原告の総収入であることを認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、自己の主張する収入金額と売上原価等との個別具体的な対応関係について、何ら主張、立証をしていない。

したがって、原告の収入金額及び売上原価等についての実額の主張は、その余の点について判断するまでもなく、これを採用することはできないというべきである。

2  減価償却費について

本件係争年分の本件建物に係る減価償却費が二七万九五〇四円であることについては、当事者間に争いがない。

原告は、そのほかに、機械(スタットカメラ、写植機、印刷機)に係る減価償却費合計一〇〇万九七六四円を必要経費に算入すべきであると主張し、それを裏付ける証拠として甲一五及び二五号証を提出する。

しかしながら、原告の主張に係る右各機械は、印刷業を営む者であれば、通常、業務の用に供していると解されるところ、乙一号証の一によれば、本件比準同業者は、すべて、オフセット印刷機を用いているものであり、被告は、比準同業者の平均経費率を算出するに当たって、売上原価等の金額の中に建物の減価償却費を除く減価償却費を含めていることが認められる。

そうすると、被告の推計方法が合理的であることは前示したとおりであるところ、被告が推計により算出した売上原価等の金額の中には、すでに機械に係る減価償却費が含まれているというべきであるから、これを別途必要経費に算入することはできないというべきである。

したがって、原告の右主張は、採用することができない。

3  昭和六二年分の借入金利子割引料について

同年分の借入金利子割引料が少なくとも一二四万二七二六円であることについては、当事者間に争いがない。

原告は、そのほかに、国民金融公庫からの借入金七〇〇万円に係る利子割引料四〇万八二二〇円は、手形の決済、材料仕入代金の支払等に充てたものであるから、必要経費に算入すべきであると主張する。

なるほど、甲二〇及び二一号証によれば、原告は、国民金融公庫上野支店から、昭和六一年一一月二八日に七〇〇万円を借り入れ、右借入金の利息として、昭和六二年中に、合計四〇万八二二〇円を支払ったことが認められる。

しかしながら、原告が右借入金を材料仕入代金等の事業の運転資金に供したことを裏付けるに足りる証拠はなく、かえって、原告本人尋問の結果によれば、右借入金のうち四〇〇万円については、原告が病気をして事業を休止していた昭和五三年ころに生活を維持するためにした借金の返済に充てたものであることが認められる。

したがって、右借入金が事業の用に供されたものとはいえないから、これに係る利子割引料を必要経費に算入することはできないというべきである。

五  事業所得金額

前記第二、二記載の当事者間に争いのない事実及び右のとおり認定された額に基づいて計算すると、原告の本件係争年分の事業所得金額は、次のとおりとなる。

昭和六一年分 一〇六四万六八六円

昭和六二年分 一〇二三万一九一六円

六  結論

以上のとおり、本件推計課税においては、推計の必要性及び合理性が認められ、本件各更正における原告の事業所得金額は、いずれも右推計により算出された事業所得金額の範囲内にある。

したがって、本件各更正には何ら違法な点はなく、また、これに基づく本件各賦課決定にも違法な点はないから、原告の請求はいずれも棄却すべきこととなる。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 竹田光広 裁判官 森田浩美)

別紙一 昭和六一年分 課税処分等の経緯

表1

〈省略〉

昭和六二年分 課税処分等の経緯

表2

〈省略〉

別紙二

〈省略〉

別紙三

表1 昭和61年分 比準同業者一覧表

〈省略〉

表2 昭和62年分 比準同業者一覧表

〈省略〉

別紙四

建物の減価償却額の計算明細

1 建物の取得価額

マンションの取得価額23,000,000円のうち建物(家屋)の取得価額は、13,502,628円である。

2 建物の減価償却費の計算

{13,502,628-(13,502,628×0.1)}×0.023=279,504円

〈1〉     〈2〉      〈3〉

〈1〉 建物の取得価額

〈2〉 建物の残存価額

〈3〉 その資産の耐用年数について定められている定額法による償却率

〔減価償却資産の耐用年数等に関する省令別表1により原告の事業所の耐用年数を45年(建物、鉄骨鉄筋コンクリート造又は鉄筋コンクリート造、工場(作業場を含む)用、その他のもの)とし、同別表11により残存割合を0.1(〈2〉)、同別表10により償却率を0.023(〈3〉)とした。〕

別紙五 利子割引料の額の明細

〈省略〉

別紙六

〈省略〉

別紙七

一 昭和六一年分

〈省略〉

二 昭和六二年分

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例